コラム 経営の羅針盤

「借景」でアジア事業を描く 2013/08/26 その他

日本能率協会 JMAマネジメント研究所 副所長
近田高志

◆ 景色に無限の広がりをもたらす『借景

造園技法の一つに『借景』というものがある。
遠方にある山々を背景として取り込むことによって、景色に奥行きを持たせ、目の前にある庭石や池を自然と融合した一つの風景として描く手法だ。
京都・嵐山の天龍寺の庭園が有名であるが、京都をはじめ、日本各地に借景を用いた美しい庭園や公園が数多く存在している。
日本人は古来より、自らの枠を飛び越えて外部のリソースを取り込むという豊かな想像力をもっていたということの証にほかならない。
しかしながら、今日の日本や企業の現状を振り返ると、眼前に山積する課題を前にして、視野が狭くなってしまい、大きなビジョンを描くことができなくなってしまっているのではないだろうか。

 

◆ シンガポールを『借景』する

筆者は思いがけずシンガポールで、この『借景』という言葉を耳にした。
日本能率協会は、今年から『JMAアジア《共・進化》センター』を発足し、日本企業のアジアへの事業展開の支援活動に着手している。この一環として7月下旬にシンガポールを訪問し、EDB(Economic Development Board、シンガポール経済開発庁)をはじめ同国の様々な政府機関で30年以上のキャリアをもち、かたや多くの企業の社外取締役にも就任されている方とお会いする機会があった。
彼の話によると、かつて京都を訪問して『借景』を用いた庭園を見学したときに、この『借景』を用いることで、より大きな構想をすることができるのではないか、ということに気付いたそうだ。
今回の彼との面談では、日本企業がいかにしてアジアでの事業を成功させることができるかについて話し合ったのだが、日本企業にとって多様性を活かし不断に進化してきたシンガポールを『借景』することがその鍵となるのではないかというのが、彼からのアドバイスであった。
シンガポールは19世紀前半には人口わずか150人ほどしかいなかった島から、イギリスの植民地支配を経て、1965年にマレーシアから追い出されるようにして独立した後、今や人口一人当たりのGDPが日本を上回るまでに発展を遂げている。
この経済発展を推進したのがEDBである。建国当初は労働集約型産業を育成し、時代の変化とともに、物流拠点として港湾施設を整え、次には知識集約産業として世界中から大学や研究機関を誘致するなどと、国家戦略を展開し、同国の成長を牽引してきた。
日本と同様に資源の乏しいシンガポールは、企業の本社にあたる政府が極めて効率的に機能し、世界の潮流を敏感に察知して戦略を策定してきた。そして、明確な戦略のもとに一貫性のある政策を推進し、産業や人材を育成して進化してきたのである。まさに「株式会社シンガポール」と称される由縁である。
日本企業が今後、進化を遂げていく上で、このシンガポールの発展のあり様を『借景』し、自社の今後の事業の構想に取り込むことができるのではないだろうか。
もう一つ、シンガポールは人口約550万人、面積がおよそ東京23区ほどの国家であるから、国内市場は自ずと限られており、企業家は海外への投資や事業展開を積極的に進めてきた。中国、マレーシア、インドなど、様々なバックグランドをもった人々が、人的なネットワークを張り巡らせ事業活動を行っている。
日本企業がアジアで事業を展開する上で、現地の信頼できるパートナーと結ぶつくことは極めて重要である。その意味で、このシンガポール企業のネットワークを『借景』して、自社のアジア事業展開を構想して見るということも一つの方法だろう。

JMAアジア《共・進化》センター webページ
http://www.jma.or.jp/asia/

写真:『京都フリー写真素材集』より
http://photo53.com/