コラム経営の羅針盤

“ハードウェア”から”ハートウェア”へ 2013/12/09 コラム

日本能率協会 JMAマネジメント研究所 副所長
近田高志

◆ 世界中で進む都市化

筆者は2013年10月にシンガポールとマレーシアにおいて開催された、あるカンファレンスに参加した。テーマは”The Future of Urban Living”――すなわち『都市生活の未来』である。

この会合は日本能率協会が提携関係にある米国Eisenhower Fellowships財団の人材交流プログラムに、シンガポールとマレーシアから参加したメンバーが中心となって企画されたもの。両国政府の閣僚をはじめ、関係機関、企業経営者のほか、海外からも新北市長、スペインの著名な都市デザイナーなど、各分野のリーダー約150人が参加し、これからの都市のあり方について議論を行った。

講演の中では複数のスピーカーが、世界で急速に進む都市化の実態を紹介した。例えば、今日では世界の600の都市が経済成長の65%を担っている。マレーシアでは2025年には人口の75%が都市で暮らすようになる。国連の推計によると2030年には世界の人口の60%が都市に集中する。2010年から2025年にかけて世界の中産階級が18億人増加するという予測があり、都市居住者の増加を一層加速させる。今後、人口100万人以上の大都市が急増していく。などなど、都市化の進展に関する多くのコメントがあった。

一方で、都市化にともなって生じる様々な問題も指摘された。2030年には中国では4人に1人が65歳以上になるなど、アジア各国で高齢化の津波が押し寄せている。高齢化とともに少子化も進んでいる。アジアの各都市では凄まじい渋滞が常態化している。シンガポールの都市部でも依然として洪水が発生している。一極集中によって取り残された人がスラム街を形成する。過密社会の中で働く人にはストレスが高まっている。都市間の競争も激しくなり、時代に乗り遅れた都市は衰退する・・・。バラ色の未来だけではない。
このような諸問題を克服しながら、これからの都市が持続可能な、”Livable”な場として発展していくためには、どうしたらよいのか。これが今回のカンファレンスのテーマであったわけである。

これらの課題に対してスピーカーからは、様々な取り組みが紹介された。例えば、少子化が問題となっている台湾では、新北市が0歳児からの保育施設の整備を強化している。マレーシアでは首都において「グレーター・クアラルンプール」として周辺部への分散的な都市開発が進んでいる。シンガポールでは、持続可能な街づくりとして、再生可能エネルギーの活用、雨水のリサイクル、住民の憩いの場として緑化スペースや共同農園をつくり、仕事と暮らしと余暇の調査を重視した「ポンゴル・エコタウン」が建設されている。さらに、このエコ・シティのモデルは、シンガポールから中国・天津市に「輸出」されているそうだ。

 

◆ 都市生活の基盤となる『ハートウェア』

カンファレンスの3日目には、会場をシンガポールから、対岸にあるマレーシア・ジョホールバル市近郊において大規模に開発されている『イスカンダル』地区へと移動した。
開発公社のトップから開発計画の説明を受けた後、バスで周辺を見学した。シンガポールの2倍ほどの土地に、研究機関やオフィスビル、高層マンションや1000軒もの住宅が連なる居住地域が建設されている景色を車窓から見学した。建設クレーンがあちこちに見られ、都市開発の熱気を体感することができた。
しかし、本当に印象的だったのは、その夜のレセプションであった。

レセプションは、ホテル隣のショッピングモールにある『Lat’ s Place』というレストランで開催された。食糧を入れるカゴや壷、魚を取る網や日用道具、香辛料や野菜などの食材がディスプレイされ、とても印象的な店づくりであった。
参加者一同で伝統的なマレーシア料理を堪能していると、突然、明るい音楽が鳴り始めた。すると、マレーシアの伝統的な服装をした若い男女が踊りながら入場し、楽しげに歌を唄いながら、テーブルの周りで、手をたたき、踊り出した。

ひとしきり歌と踊りが終わると、筆者と同じテーブルに座っていた恰幅のよい年配の男性が立ち上がって、スピーチを始めた。隣の人に聞くと、マレーシアでは著名な漫画家であるラット氏(本名:Mohammad Nor Khalid氏)とのことである。彼の代表作は『The Kampung Boy(邦題:カンポンのガキ大将)』。カンポンとは、集落を意味するマレーシア語であり、集落の中で伸びのびと暮らす少年ラットが主人公の漫画である。
ラット氏は、「かつてマレーシアにはあちこちにカンポンがあったが、都市化が進む中で、自分たちは、それらを失ってしまった。カンポンの中にあった人の温もりを忘れないように、自分はこのレストランをつくった」と語った。
世界中から集まった参加者は、幼いころの、貧しかったが、しかし心は豊かだった時代に想いを馳せているかのように、その後の素晴らしい食事のひと時を楽しんだ。最後には、全員で輪になって踊った。

日本においても、映画『Always―3丁目の夕日』など、昭和30年代を懐かしまれた時期があった。急速に都市化が進む中、建物や鉄道、公共施設などの「ハードウェア」の整備も重要であるが、そこに暮らす人々の心の絆、「ハートウェア」こそが、これからのLivableな都市生活において、最も大切なことであることを、あらためて確かめたのであった。