コラム経営の羅針盤

日本企業の経営課題2013」調査からの考察 2014/01/14 コラム

日本能率協会 理事 JMAマネジメント研究所 所長
柴野睦裕

◆ 企業は前向きに攻めの姿勢に転じているが、社員個々人は?

2014年が幕開けし、大手企業トップの年頭所感は、景況感の改善傾向を受け、成長に弾みをつけようとする攻めの姿勢を打ち出す決意が目立った。「グローバル競争に勝つ」「変革の起点」「スピード経営」「チャレンジ」「不断のイノベーション」などの経営姿勢の表明とともに、「個も競争力を高める挑戦をしてほしい」といった社員個々人の変化を促すメッセージも多い。

先行きの不透明感による重い雰囲気の時代から、前向きなムードに変わっていく流れは喜ばしいが、一方で働く個々人にとって真によい方向に変化しつつあるかは疑問である。

前回(8月)の本稿で、個人と組織の関係性においては、夢と希望の喪失感が強く、「仕事のやりがいの低下」や「能力発揮不全」の傾向が強い状況に対する問題提起をおこなった。そのあたりの状況もふまえ、昨年11月のJMA「日本企業の経営課題2013」調査報告会では、戦略を実行する力の弱体傾向を指摘し、その要となる「人と組織」の革新のあり方について考察した。まずは、調査結果の要旨とその考察結果について述べたい。

 

◆ JMA「日本企業の経営課題2013」調査結果の要旨と考察

(1)大手企業はグローバル経済のリスク要因を、中堅・中小企業は国内経済のリスク要因をそれぞれ注視しながら、成長戦略や業績向上を図るために、競争力強化や企業の体力強化・体質改善などのさまざまな課題に取り組んでいるが、そのなかで最も重要な決め手となる課題が「人材の強化」との共通認識にある。

(2)「失われた20年」で多くの日本企業は、コスト削減努力は当然のこと、債務圧縮などによる財務体質の強化などによって資本強化に努めてきたために、短期的な利益確保に注力せざるをえなかった企業が多い。悪化した財務体質改善を行う間に、非正規雇用が増え、従業員の年齢構成が歪むことが避けられず、社内の人的資本の蓄積の停滞による現場力低下の問題に悩む企業が増える結果となった。

(3)組織・人事領域の経営課題において、ここ5年のダントツの1位は「管理職層(ミドル)のマネジメント能力向上」である。主な要因としては、バブル期の大量採用とバブル崩壊以降の採用抑制による企業内人口ピラミッドの歪みを根本原因とする量的不足と質的不適応の両面の問題がある。

(4)ミドル以外で、企業における不足人材認識に関する調査結果を要約すると、グローバル事業を牽引できるリーダー、経営幹部候補者、プロジェクトマネジメントリーダー、イノベーションリーダー、優秀なミドルマネジャー、海外現地ローカルのマネジメント人材が不足していることが明らかになった。つまり、基幹人材不足という深刻な状況にあり、この20年で日本企業が失ったものは「新しいものを生み出す力」といえる。

(5) 経営戦略を実行するうえで重要な要素についての認識を尋ねた結果を要約すると、「経営に筋が通っているため、社員が進むべき目標が明確であり、社員はモチベーション高く全体最適の視点で働いている」状態が理想的であることが確認できた。一方、実際に企業の組織の傾向を尋ねたところ、「実利につながることへの関心が高く、理念的なこと、抽象的なことに対する関心度は低い」「短期的な目標達成への関心が高く、中長期的なテーマに対する関心度は低い」状態にある企業が多い結果となった。短期的利益の確保に汲々としている状態では、戦略を実行する力が高いとはいえない。

(6)「経営スタンス」について調査した結果、これまでの「増収増益をめざす拡大志向の経営」「自社の身の丈に合った堅実志向の経営」のスタンス重視から、これからは「社会との共存共栄を目指す経営」「社会の課題解決を強く意識した経営」「従業員の幸せを優先する経営」の3つのスタンスを重視する企業が増えることが確認できた。総じて「経済価値重視」から「社会価値重視」へと経営スタンスを転換していこうという、まさに新しい時代の潮流に沿った変化である。

(7)企業の組織改革の目的やM&A実施上の問題点に関する調査の結果、「優秀な人材の確保・育成・活用」「変化に対応する発想力・実行力の強化」「役員・社員の意識改革」といった人に関する問題意識と、「ムダの排除」「業務プロセスの標準化」「本社機能の見直し・重複機能の削減」といった業務プロセスに関する問題認識も高いことが確認できた。実行力向上の鍵は、「人と組織の革新」と「業務プロセス(ビジネスプロセス)の革新」にあるといえる。

(8)JMAが提唱している『KAIKA』モデル(継続して価値創造する力をもつ次世代組織をつくる運動の評価指標)を使って検証を行なった結果、『KAIKA』度合いが高い企業(社会に対して感度が高い組織であり個人である企業)ほど、変化や多様性への対応力が高く、成長への攻めの姿勢がより強いことが確認できた。さらに、企業の「組織風土や社員の意識」について調査した結果、「組織のダイナミズム」はまずまずのレベルにあると評価できるが、「個人のダイナミズム」は十分とはいえず、「組織の広がり(社会性)」に至っては課題が多いという状況にある。自社の理念や価値観をベースに、社会との関係性をもっと意識して、社員個々人を育み、それをサポートできる企業風土(社風)をつくりあげることこそが、実行力向上のポイントである。

 

◆ 個人と組織の関係の見直し

以上が調査結果の要旨と主な考察結果であるが、特に「個人のダイナミズム」が全般的に弱まっていると懸念される点に着目したい。結論としては、いま一度「この会社で働いていることを誇りに思えるか」という意味での企業ロイヤリティを高めることが必要な時期にきているのではないだろうかという問題意識である。

日本企業は新たな成長を求め、グローバル経営の加速やイノベーション志向の高まり、組織改革アプローチの必要性などを背景として、2010年前後から人事システムのパラダイムシフトの動きが活発化した。組織が人を育てる時代から、人が育つ組織風土づくりと個の自己責任によるキャリアづくりの時代へと変化しつつある。仕事を通じて人が育つことを前提として、個々人のキャリア開発をサポートする仕組みの構築が組織の責任であり、ぶら下がりでなく当事者意識をもって自身の価値拡大による成長実感を継続的にもてるように努めることが個人の責任となる。その成長実感こそがロイヤリティの源泉となり、そういう社員がマジョリティとなれば価値創造できる成長企業へと進化できると考える。

そのためには、社会に開かれた組織であり、他社との協働を重視し外部との関係づくりに積極的な組織であることが必要条件である。内向き志向が強い組織であれば、外向き志向に変える風土づくりが求められる。社外の人との接触が多い社員ほど変化を理解し、思考や行動の柔軟性が高まる。そうすることで仕事の力量の幅は広がる。実際、所属する会社の名刺だけではなく、複数の名刺をもつパラレルキャリアのビジネスパーソンも増えている。このような働き方が増えれば、流動性が高まる可能性は高くなるが、これも時代の流れであり、逆に個人と組織が刺激し合える建設的な緊張感が高まれば、新しい価値も生まれやすくなる。優秀な人が集まりやすい組織に変身する絶好の時代到来である。