コラム経営の羅針盤

変化する企業活動における成長と個人の成長 2014/05/12 人材

日本能率協会 理事 JMAマネジメント研究所 所長
柴野睦裕

前回(1月14日)の本稿で、2013年11月の「日本企業の経営課題2013」調査結果の要旨とその考察結果について述べた。そのなかで、企業共通の重要な経営課題認識は「人材の強化」であり、それはこの20年にわたる企業内の「人的資本の蓄積の停滞 *注」に起因していることを指摘した。そして、その結果としての現場力の弱体化、特に「個人のダイナミズム」が全般的に弱まっていることを憂慮しており、その対応方法についての私見を述べたが、今回も引き続き言及してみたい。

 

◆ 夢やロマンがある企業か

どのような企業にもかつては創業期があり、創業者たちの多くは、松下幸之助の水道理論のような夢やロマンを語っていた。国や地域といった社会の役に立とう、あるいは困っている顧客のために一肌脱ごうという使命感に溢れていた。そしてそのような思いに共感する人(=同志)たちが集い会社として成立し、世の中で育まれながら成長してきたはずである。それがいつの間にかその思いが忘れ去られ、経済的価値でのみ企業価値を測るようになり、収益性に貢献する効率性や生産性でのみ社員の価値を図るようになってしまった企業が多いように感じる。 もちろん、初心を忘れず、社会から認められ、社員の帰属意識が高い企業も存在しているが、それらは中小企業や地域社会に根差した企業に多い。

両者の違いを、企業という観点からは一概に判断されるものではないが、社会あるいは社員の観点からは大きな違いがあろう。

経済的価値の追求のみで夢やロマンが失われた企業の特徴を考えてみよう。一つには、長時間勤務が常態化していること。常に数値目標に追われ、社内の空気は重たく、サービス残業が当たり前になっている。二つ目は、業務プロセスの合理化や簡素化ができていないこと。事務作業やルーチンワークが属人的のまま放置されており、ムリ・ムダ・ムラが至る所に存在し、残業が常態化している。三つ目は、不健康な社員が多く、離職率が高いこと。社員は働き甲斐が見出せず、自分の時間に余裕がなく働き詰めとなり、将来の夢や希望を喪失している。

これに社内倫理観の欠如が加われば、いわゆる典型的なブラック企業である。ここまで極端ではないにしろ、未だにこういった傾向がある企業が多いのではないだろうか。

最近、違和感を覚える言葉に「成長」がある。企業である以上、成長は当たり前という常識である。企業の成長は、右肩上がりの業績と同義であることが常識だが、現代の成熟社会においてはいかがなものかと思う。そのために大切なものを犠牲にしていないだろうか。社会への貢献、環境への配慮、顧客との信頼関係、社員の働く喜び等々である。 社会の持続可能性や、世界的な格差社会の是正が人類の課題である。企業活動においても、量の成長から質の成長への意識転換が求められている。わが社はどういう企業になりたいのかを自問自答し、その実現のための手段としてどのような成長をしていくのかを社員と一緒に考え抜き、明確にすべき時代である。

その実践方法として、ウェイ・マネジメントは有効である。企業の過去を辿り、創業者や経営陣の当時の思いや使命感を社員たちと共有しながら、未来に向かって新しいビジョンを創りあげる活動プロセスこそが貴重であり、結果としてアイデンティティやブランドの再構築につながる。社員個々人においては、企業経営への参画の度合いと関係性、職務や業務の目的と成果、上司・同僚・後輩との関わり合い、自身の生活との関連などが紡ぎ合われ、やがてそれらが融合して編集され、企業独自の「らしさ」として創り直されていくのである。

 

◆ 個人のダイナミズムを高める

企業と社員との関係において、「エンゲージメント」が重視されつつある。仕事上の役割における関係性の変化によるもので、従来型の官僚型組織のもとで仕事を個人別に管理する業務形態から、プロジェクト型組織のもとでチームワークによる非定型かつ自己管理型の業務が主流になってきている背景から、社員の仕事がより内面的な関わりを求めるものに変化してきている。

人は社会的動物である。物や事がらを識別し、言葉を覚え、知識や行動パターンを習得するのは、家庭や地域社会、学校、仲間、集団といった様々なコミュニティのなかで他者との関わりを通してである。それらの多様な体験を通して、自身のアイデンティティやパーソナリティ、思考パターンや役割意識が形成される。

人は一人で成長できるものではなく、グループやチームや組織のなかでの他者との相互行為を通して形成され、成長し、進化する社会的な存在である。人は、グループやチームや組織において、役割を担い、課題解決や新しい価値創造の当事者となれた時に初めて、社会との関係において個人として識別される。 個人のダイナミズムは、このような社会との関係性における成長実感から発揚されるものである。

自身では成長していると思っていても、実際には所属する企業組織のなかでしか通用しないスキルを伸ばしているだけで、10年以上にわたり一生懸命働いたにも拘らず、転職市場で通用しない人は多い。日本的長期雇用慣行のなか右肩上がりの企業成長を前提とした時代には問題にならなかったが、企業活動が量から質の成長への転換期にあるなか、人的資本の質の向上は日本社会・経済にとって大きな課題であり、企業にとっても意識転換が迫られている。

家庭や学校の問題はもちろん大きいが、企業に就職後の仕事経験や社内教育のあり方にも変化が求められている。

若手に限らず多くの人が、「人間として成長する機会と場」を求めている。そして機会と場をみつけたときには、とてつもない力を発揮することがある。優秀な人はそのことに気づき始めていて、企業組織の外部に機会と場を求める人が増えていく環境にあると認識すべきである。

現在、読者諸氏の会社で、社員相互が語り合う場や、新しいビジネスを試す機会、外部と接触し啓発される機会は多いか。毎日の仕事のなかで、考えている時間や、自らの能力・スキルを高める機会は十分にあるか。まずは、自社を検証すべき時である。

*注 : 人的資本の蓄積の停滞:仕事を通じた教育・訓練投資により蓄積される知識や熟練が人的資本であり、その人的資本が実践のなかで積み上げられていない状態を指す