コラム経営の羅針盤

いまこそ一人ひとりがリーダーシップの発揮を(3) 2020/01/09 コラム

一般社団法人日本能率協会 KAIKA研究所 所長 近田高志

◆模範的リーダーシップの5つの実践

いかにより良いリーダーとして実践をしていくか、掘り下げていこう。クーゼスとポズナーが調査した数千人もの普通の人びとが並外れたことを達成したとき、彼ら・彼女らは、何をしていたのだろうか。それを分析・整理したのが『リーダーシップ・チャレンジ』で提唱されている「模範的リーダーシップの5つの実践」である。
①模範となる
②共有されるビジョンを呼び起こす
③プロセスにチャレンジする
④人々が活動できるようにする
⑤心を励ます

なぜ、この5つの実践となっているのだろうか。クーゼスとポズナーは、リーダーシップを「共通の願いのために頑張りたいと人を結集させるアート」( Leadership is the art of mobilizing others towant to struggle for shared aspirations. )と定義しているが、リーダーシップとは、今日の状態から、メンバーが願望するより良い明日へと導くことであるといえる。
しかし、現状からより良い未来へ変化するプロセスの間には、間違えるかもしれない、失敗するかもしれない、否定されるかもしれないといった恐怖が横たわっている。そのような恐れを乗り越えて、より良い明日へ辿り着くためには、勇気がいるものである。
したがってリーダーには、①率先して「模範となる」ことで、なぜリスクをとって明日をめざすかを明確にするとともに、②めざすべき明日がどのようなものかをメンバーの心のなかにいきいきと想起させる、すなわち「共有されるビジョンを呼び起こす」ことが求められる。そして、そのビジョンの実現に向けて、③現状のやり方を変えること=「プロセスにチャレンジする」、④メンバー一人ひとりが協力して取り組むことができるようにすること=「人々が活動できるようにする」、⑤一歩一歩前進できるように「心を励ます」ことが必要となるのである。
以下、それぞれをいかに実践するかについて、順に説明していく。

◆①模範となる
(Model the Way)

研究によると、メンバーの組織に対するコミットメントは、組織としての価値が明確であるかどうかではなく、個人としての自身の価値が明確であるかどうかに影響されることが明らかになっている。組織の価値を浸透させることに必死になるのではなく、個人としての価値を明確にすることが重要なのである。
したがって、リーダーはまず、自分自身が大事にしている価値とは何か、自分が信じることは何かをメンバーに明瞭に伝える必要がある。同時に、組織としての強みを発揮するために、時にはメンバーと一緒に、お互いがどのような価値を大切にしているかを語り合うことなどによって、メンバーに共通する価値についても同意することが重要である。
価値を明確にするにあたっては、単に言葉にするだけでは十分ではない。リーダーには日々、その価値を示す行動を実践することが求められている。組織のメンバーがリーダーに期待することは「信頼」でもあり、まさに有言実行によって、メンバーの信頼を得る必要がある。

◆②共有されるビジョンを呼び起こす
(Inspire a Shared Vision)

先述のとおり、未来に向けて変化していくには恐れがつきものであり、それを乗り越えるためにも、めざすべきビジョンをメンバーと共有しなければならない。『リーダーシップ・チャレンジ』では、ビジョンを「共通の利益のための、将来の理想的で独特なイメージ」と定義している。そのビジョンが実現されることで、メンバーにとってどのような利益があるかが明確でなければならない。
また、大きな希望や夢を追求する理想的なものであり、ほかとは異なる独特なものであることが求められる。そして、そのようなビジョンをメンバーが心のなかにいきいきと思い描くことができるように、リーダーは、比喩やストーリーなどを使って、ビジョンを印象的に表現する必要がある。

◆③プロセスにチャレンジする
(Challenge the Process)

第3の実践は、「プロセスにチャレンジする」ことである。わかりやすく言えば、いまのやり方を変えて、新しい方法に挑戦することである。
メンバーが現状に捉われずに新しい試みに挑戦できるよう、リーダーは改善のアイデアを外部に求めることが必要である。また、メンバーがリスクを取って挑戦し、仮に失敗しても、そこから学習する風土をつくることが重要だ。
そのためには、直面する課題を細分化することで、一歩一歩取り組み、「小さな勝利」を積み重ねることが有効である。

◆④人びとが活動できるようにする
(Enable Others to Act)

何かを達成するということは、自分ひとりでできるものではない。チームが協働することで初めて並外れたことが実現されるのである。また、メンバー一人ひとりが、「自分はできる」と感じ、力づけられることが必要である。日々の何げない言葉や行動が、メンバーに力を与えているか、それとも減退させているか、リーダーは気をつけるべきである。
また、リーダーにはメンバーが能力を最大限に発揮し、それを伸ばすことができるようにすることが求められる。
アメリカの心理学者であるチクセントミハイ教授が提唱した「フロー(FLOW)」理論を思い出してほしい。人びとは、自分がもっているスキル・能力に対して、取り組んでいる課題の難易度が高いとき、不安や恐れを感じる。逆に、課題に対してスキル・能力が高いときは退屈を感じる。これらのバランスがちょうどよい状態が「フロー」である。
リーダーは、メンバー一人ひとりが、どのような能力をもっているかを注意深く把握し、彼ら・彼女らが直面している課題と見合っているかどうか、能力をより伸ばすためにはどうしたらよいかを考えなければならない。

◆⑤心を励ます
(Encourage the Heart)

組織で並外れたことを成し遂げるのは、けっして簡単ではない。新たな試みへの挑戦は、不安を伴うことでもある。したがってメンバーが一歩一歩前進できるよう励ますのも、リーダーの役割である。
そのためには、リーダーはメンバーに対して心からの感謝の気持ちを示す必要がある。あるメンバーのどのような行動が称賛されるのかを、具体的に評価することが求められる。
また仲間意識をつくるために、個人の優れたところを認めるだけではなく、チームの勝利を祝福することも重要である。
達成を祝う機会は日常でも無限にあり、リーダーはそのような機会を見逃さないようにメンバーとの関係を深めていきたいものである。<(4)へ続く>

※本コラムは、『JMA Management Review』2011年5月号をもとに筆者が加筆・修正を加えたものです。