コラム経営の羅針盤

「失敗の本質」の本質 2020/07/16 コラム

一般社団法人日本能率協会 KAIKA研究所 近田高志

コロナ禍が広がる中で、『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(中公文庫)への関心が、あらためて高まっているようです。ネットを見ると、多くの方が感想・コメントを述べられています。同著は、大東亜戦争におけるいくつかの作戦を詳細に紐解き、その失敗の原因を組織論の観点から分析した古典的名著です。本コラムでは、あらためて注目が集まった『失敗の本質』を読み返し、そのエッセンスを考えてみたいと思います。

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(1984年ダイヤモンド社刊、1991年中央公論社刊)

◆失敗の要因

さて、同著において、様々な作戦事例から分析・抽出された失敗要因は以下のとおりです。詳細については是非、ご一読をいただくものとして、項目のみを書き出します。

<戦略上の失敗要因>
①あいまいな戦略目的
②短期決戦の戦略志向
③主観的で「機能的」な戦略策定-空気の支配
④狭くて進化のない戦略オプション
⑤アンバランスな戦闘技術体系

<組織上の失敗要因>
⑥人的ネットワーク偏重の組織構造
⑦属人的な組織の統合
⑧学習を軽視した組織
⑨プロセスや動機を重視した評価

いずれの項目も、現在の企業組織を見たときに思い当たるふしがあるものばかりではないでしょうか。こうした点が、『失敗の本質』が読み継がれている理由なのでしょう。
そして、同著では、こうした失敗要因が生じている本質的な原因として、逆説的に、「環境に適応しすぎた」ことを提示しています。つまり、日清・日露戦争を経て築きあげた戦略や戦法、兵器や装備、さらには組織特性や組織文化といったもの、そうした完成された一連の適応方法から脱却できず、直面した環境変化に対応できなかったことが根本原因であるというのです。

◆「自己革新組織」に向けて

そのうえで、同著は、最後に、組織が継続的に環境に適応していくための条件として、「自己革新組織」の原則を列挙し、教訓を示唆しています。ここでも詳細は割愛し、項目のみを書き出すと、以下の通りとなります。
①不均衡の創造
②自律性の確保
③創造的破壊による突出
④異端・偶然との共存
⑤知識の淘汰と蓄積
⑥統合的価値の共有

そして、結びにおいて、高度情報化や業種破壊、グローバル化など「われわれの得意とする体験的学習だけからでは予測のつかない環境の構造的変化が起こりつつある今日、これまでの成長期にうまく適応してきた戦略と組織の変革が求められている。とくに異質性や異端の排除とむすびついた発想や行動の均質性という日本企業の持つ特質が、逆機能化する可能性すらある」と警鐘を鳴らしています。
35年以上前に出版された書籍ではありますが、これらの指摘は、そのまま現在に当てはまるのではないでしょうか。

◆「失敗の本質」から何を学ぶか

以上、『失敗の本質』のエッセンスを確認してきました。これほど具体的、詳細に失敗の原因が提起され、これまでに、多くの経営者やリーダーに読まれてきたにも関わらず、なぜ組織は失敗に陥ってしまうのでしょうか。むしろ、それが組織の必然であり、運命であるということなのかもしれません。
したがって、『失敗の本質』からの最大の学びは、「それでも組織は失敗する」ことを大前提として認識するべきということではないかと考えます。

どんなに成功していても、むしろ、成功していると思われるときこそ、「自組織は失敗に陥りかけていないか」と自問自答することです。さらに、自問自答では「ご都合主義」に陥る危険性がありますから、素朴な質問を投げかける異質な/新鮮な視点をもった人を組織に組み入れる、あるいは、会議の際に敢えて異論・反論を述べる役割(いわゆる「デビルズ・アドボケイト」)を設定するといった仕掛け、仕組みをつくることです。
こう考えると、組織マネジメントやコーポレート・ガバナンスにおいて多様性を取り入れることは、極めて重要なことと言えるのではないでしょうか。

そして、もう一つ大切なことは、失敗を許容することです。仮に失敗があったとしても、それをとがめるのではなく、そこから教訓を抽出し次に活かしていくことが重要です。失敗を認めない組織になってしまうと、社員のチャレンジ精神が失われるだけではなく、無謬性の罠に陥って、間違えていると分かっていることをそのまま続けてしまったり、最悪の事態は失敗を隠蔽するような組織になってしまいます。

余談ですが、筆者は以前、とある銀行に勤務していました。あるとき、常務が支店に来て社員と懇親する機会がありました。そのとき新入行員だった筆者は何気なく、「これまで何か失敗した経験はありますか?」と常務に質問をしたところ、きっぱりと「無い」と返答されました。その2年後に、勤めていた銀行は破綻したのです。

失敗を許容する組織文化をつくることは一朝一夕ではありません。ときにはトップや上司も失敗を認めるなどして、率直にモノを言い合える職場風土をつくっていくことが必要です。