コラム経営の羅針盤

「多異変な時代」にリーダーが大切にしたいこと 2021/02/08 KAIKA

一般社団法人日本能率協会 KAIKA研究所

近田高志

◆現在の企業がおかれている「多異変な時代」

「多異変な時代」。これは、長年にわたってグローバルリーダーの育成や組織変革に携わっている船川淳志さん(株式会社グローバルインパクト 代表パートナー)(*1)による造語です。大きくパラダイムがシフトしている「大変な時代」は、多様性と変化に富んだ「多異変な時代」でもあるという意味で、2001年から使用されているそうです。

筆者は、日本能率協会が、グローバルリーダーの育成を目的として2004年に開講した研修プログラム『グローバル・ビジネスリーダーコース(GBL)』の主任講師を船川さんにご依頼したときからご縁をいただいています。当時は、トーマス・フリードマンの『The World is Flat』(邦題:『フラット化する世界』日本経済新聞社)が話題となるなど、グローバル化への対応が大きな経営課題となっており、そうした変化に応じたリーダーの育成が求められていました。

現在の企業を取り巻く環境はどうでしょうか。企業活動のグローバル化に加えて、デジタル技術の進展が事業構造の変革を迫っています。そのほかにも、SDGs、温室効果ガス排出ゼロ化や環境問題、人権問題への対応など、地球規模での様々な課題への対応が求められています。加えて、昨年からのコロナ禍は、これまでの事業構造を大きく変えざるをえないような、非連続な変化を迫っています。

むしろ、さらに、「大変=多異変」な時代になっているとも言えるでしょう。こうした時代にあって、これまで以上にリーダーの役割が重要となります。このコラムでは、先ほど触れたGBLコースでの学びをもとに、多異変な時代においてリーダーが大切したいことについて考えていきます。

◆Head, Heart & Guts

GBLでは、これからのグローバル時代においてリーダーに求められる「自らの軸」を探究することを目的として、全6単位・延30日間をかけて、日本・欧州・米国・中国を舞台に研修を行いました。各単位では、各地のリーダーをゲストに招き、対話を通じて、リーダーが大切にすべきことを学びました。

そのゲスト講師の一人が、ASTD(米国教育訓練協会・現ATD)元会長のスティーブン・ラインスミス博士です。グローバル・リーダーシップの世界的権威である博士との対話のなかで、リーダーにとって大切なことは何かという問いに対し、博士は、まず頭を指さして「Head」、次に心臓のあたりを指さして「Heart」、そして最後にお腹のあたりを指さして「Guts」と答えられました。

知性をもって戦略を打ち出し、情熱をもってメンバーを力づけ、胆力をもってリスクをとること。まさに大変=多異変な時代においてリーダーに求められることを端的に表しているかと思います。

◆4 Absolutes: Honesty, Purity, Unselfishness, Love

次にご紹介するのは、GBLの欧州単位で訪問したCaux(コー)マウンテンハウスでのセッションからの学びです。

コーは、レマン湖の東側の湖畔にあるモントルーから、登山電車でのぼったところにある小さな村です。ここに、100年以上前に当時はホテルとして造られたカンファレンス施設であるコー・マウンテンハウスがあります。この地は、第二次世界大戦後にフランスとドイツが和解を行った場所でもあります(*2)。

コー・カンファレンスセンター(IoCウェブサイトより)

ここでは、毎年夏に、世界中から様々な人が集まる「コー・カンファレンス」(*3)が開催されます。参加者は、20人くらいのコミュニティに分かれて、滞在期間中、料理の準備や配膳、清掃、庭の手入れなど、どんなに社会的地位の高い人でも平等に、ボランティアで役割を分担しながら生活します。そして、コミュニティでの対話のなかで、よりより社会の在り方や課題について話し合ったり、部屋や庭のテーブルでお茶を飲んだりしながら、「静かな時間」のなかで自分自身の生き方を内省します。

GBLの欧州単位では、このカンファレンスの一部に参加し、長年にわたってコーの活動に関わり、日本の戦後の労使対立の和解にも助力をされたノルウェーの活動家であるイエンツ・ウィルヘルムセン氏との対話の機会をもち、「コーの精神」を学びました。

コーの精神とは、「誰が正しいかではなく、何が正しいか」を考えること。そして、よりよい生き方をするための指針として、4つのAbsolutes(絶対的なもの)を大切にしています。すなわち、Honesty(正直)、Purity(純粋)、 Unselfishness(無私)、 Love(愛)。

ビジネスの最前線で活躍しているGBLの研修参加者には、戸惑いも見られましたが、名刺や肩書が通用しないなか、一人の人間として、自分自身の在り様が問われる機会となりました。

 

◆5 Cs:Curiosity, Creativity, Communication, Courage and Care

最後にご紹介するのは、GBLのメンターとしてご指導をいただいた武市純雄さんからの学びです。武市さんは、三菱商事のワシントン事務所長等などを歴任されたのち、世界銀行グループのIFC(国際金融公社)の局長に就かれるなど、国際的に活躍した経験をお持ちの方です。GBLでは、研修参加者と一緒に各地でのプログラムに同行し、随所で学びを深めるためのサポートをしていただきました。

その武市さんからプログラムの最後に研修参加者に伝えていただいたメッセージが5つのCです。すなわち、Curiosity(好奇心)、Creativity(創造性)、Communication(コミュニケーション)、 Courage(勇気)、そしてCare(ケア)です。

ビジョンを創り出し、メンバーと共有して、そこに向かって、リスクをとりながら、皆をリードしていくこと。そのためにも、周囲の仲間や家族、そして自分自身をケアすること。リーダーとして大切にするべきことを教えていただきました。

なお、その後、6つめのCとして、Commitment(コミットメント)も加えられています。

*    *    *

以上、このコラムでは、GBLからの学びをもとに、「多異変な時代」において、リーダーが大切にしたいことを考えました。コロナ禍によって、多くの人々が大きなストレスを抱え、様々な変化への不安を感じています。こうした困難を乗り越えるためにも、リーダーには、周囲を勇気づけ、ケアする姿勢が一層重要となっているのではないでしょうか。

*1 船川淳志さんの公式ウェブサイトは下記をご参照:

https://globalimpact.tokyo/

*2 Cauxにおける独仏和解のストーリーについては、下記の公益社団法人国際IC日本協会のウェブサイトをご参照:

http://iofc.jp/philosophy/

*3 コー・カンファレンスについては、下記のInitiatives of Changeのウェブサイトをご参照:

https://www.iofc.ch/